フラッグスタッフの夜 [はじめてのアメリカ本土上陸~現地からこんにちは~]
この旅にはいくつかの懸念があって、まずはロサンゼルスの治安。
本来の旅の目的であるところのWBCは、球数制限のおかげで投手交代が頻繁にあり、試合時間が長引く傾向がある。よってド深夜に宿に帰る可能性も考えられ、ひじょうにびびっていたわけだ。ヨーロッパ、とくにスペインは、渡航前にさんざん脅された挙句、けっきょく行ったら行ったでなにも不安になることなく夜歩きしまくることができたので、まぁ今回もだいじょうぶだろうと思いたいのだが、アメリカは銃があるし。
で、実際、初日からオランダ×プエルトリコが長引いて、宿に帰ったのが日付が変わってからになったりしたのだが、これがまた拍子抜けするぐらいなにも起こらず。まぁそもそも、治安が比較的良いとされる地域の、さらに地下鉄駅からすぐの宿を利用したので、夜歩きといえるほどの距離を歩いていない。地下鉄自体は人が少なくてそれはそれで怖かったのだが、こちらも何事もなく済んだ。
とにかくロサンゼルスステージはクリア。
次はグランドキャニオンの往復に待ち受ける、長大な待ち時間である。
往きのウィリアムズでは、前記のとおりホテルのロビーで仮眠が取れたため、どうにかクリア(かわりにグランドキャニオン鉄道での苦難が待ち受けていたわけだが)。
さて、帰りである。
そのままロサンゼルスに戻るのではなく、別の街へ別の手段で向かう。
まずは予約制のシャトル便でフラッグスタッフという街へ行き、そこから長距離夜行バスで目的地へ、という予定なのだが、このバス待ちが、20時から1時までなのだ。しかもシャトルを降ろされる場所がアムトラック駅で、ここからバスターミナルまでけっこうな距離を歩かされるようだ。
知らない街で5時間。天気予報をみたら最高気温30℃最低気温0℃とか、数字を見るだけで体調を崩しそうななか5時間。長距離バスのターミナルなのだから吹きさらしということはないだろうが。
とうぜんフラッグスタッフという街がどんなところなのかは調べた。旧ルート66沿いの街で、今は大学があって学生街としても発展しているそう。グーグルストリートビューでも見てみたら、それほど寂れた田舎町でもなさそうだが、昼と夜では雰囲気は違うだろうし。
で、着いてみたら――
――杞憂だった。これがアメリカの典型的地方都市というやつなのかどうか。
バスターミナルへの道のりは――
――暗い。さすがにけっこう怖い。が、それは直接的な暗闇の怖さで、犯罪への怖さはまったく感じない。いわゆる閑静な住宅街なのだろう。暗くてわからないが。
ただ、ここをすぎると中規模のショッピングモールみたいなところもあって、不安はますます解消される。
さぁ、バスターミナルに着いた。
ターミナルといっていいかはわからない小ささだが、待合所はしっかりした作りで寒さはしのげる。さらに、スマホ充電の電源もとれたおかげでこのブログの更新もでき、それで時間までつぶせた。
はい、長々と書きましたが、けっきょくなにも起こってないんです。すいません。
2017/6/9追記
「知らない街」と書いておきながら、じつは“フラグスタッフ”という名に、どうにも聞き覚えがあるようなないような。
で、先ほど、もう何度も観ているはずの『水曜どうでしょうclassic』の“アメリカ横断”を、いや放送しているんだから観ようじゃないかと。
そしたら、あぁそうだ、グランドキャニオン行ってたじゃないか。そしてその帰り。一行が泊まっていたのがフラッグスタッフだった。
記憶力というのは、記憶容量や定着力のことをいうのではなく、それをいかに容易にすばやく引き出せるか、ということなんだろう。
本来の旅の目的であるところのWBCは、球数制限のおかげで投手交代が頻繁にあり、試合時間が長引く傾向がある。よってド深夜に宿に帰る可能性も考えられ、ひじょうにびびっていたわけだ。ヨーロッパ、とくにスペインは、渡航前にさんざん脅された挙句、けっきょく行ったら行ったでなにも不安になることなく夜歩きしまくることができたので、まぁ今回もだいじょうぶだろうと思いたいのだが、アメリカは銃があるし。
で、実際、初日からオランダ×プエルトリコが長引いて、宿に帰ったのが日付が変わってからになったりしたのだが、これがまた拍子抜けするぐらいなにも起こらず。まぁそもそも、治安が比較的良いとされる地域の、さらに地下鉄駅からすぐの宿を利用したので、夜歩きといえるほどの距離を歩いていない。地下鉄自体は人が少なくてそれはそれで怖かったのだが、こちらも何事もなく済んだ。
とにかくロサンゼルスステージはクリア。
次はグランドキャニオンの往復に待ち受ける、長大な待ち時間である。
往きのウィリアムズでは、前記のとおりホテルのロビーで仮眠が取れたため、どうにかクリア(かわりにグランドキャニオン鉄道での苦難が待ち受けていたわけだが)。
さて、帰りである。
そのままロサンゼルスに戻るのではなく、別の街へ別の手段で向かう。
まずは予約制のシャトル便でフラッグスタッフという街へ行き、そこから長距離夜行バスで目的地へ、という予定なのだが、このバス待ちが、20時から1時までなのだ。しかもシャトルを降ろされる場所がアムトラック駅で、ここからバスターミナルまでけっこうな距離を歩かされるようだ。
知らない街で5時間。天気予報をみたら最高気温30℃最低気温0℃とか、数字を見るだけで体調を崩しそうななか5時間。長距離バスのターミナルなのだから吹きさらしということはないだろうが。
とうぜんフラッグスタッフという街がどんなところなのかは調べた。旧ルート66沿いの街で、今は大学があって学生街としても発展しているそう。グーグルストリートビューでも見てみたら、それほど寂れた田舎町でもなさそうだが、昼と夜では雰囲気は違うだろうし。
で、着いてみたら――
――杞憂だった。これがアメリカの典型的地方都市というやつなのかどうか。
バスターミナルへの道のりは――
――暗い。さすがにけっこう怖い。が、それは直接的な暗闇の怖さで、犯罪への怖さはまったく感じない。いわゆる閑静な住宅街なのだろう。暗くてわからないが。
ただ、ここをすぎると中規模のショッピングモールみたいなところもあって、不安はますます解消される。
さぁ、バスターミナルに着いた。
ターミナルといっていいかはわからない小ささだが、待合所はしっかりした作りで寒さはしのげる。さらに、スマホ充電の電源もとれたおかげでこのブログの更新もでき、それで時間までつぶせた。
はい、長々と書きましたが、けっきょくなにも起こってないんです。すいません。
2017/6/9追記
「知らない街」と書いておきながら、じつは“フラグスタッフ”という名に、どうにも聞き覚えがあるようなないような。
で、先ほど、もう何度も観ているはずの『水曜どうでしょうclassic』の“アメリカ横断”を、いや放送しているんだから観ようじゃないかと。
そしたら、あぁそうだ、グランドキャニオン行ってたじゃないか。そしてその帰り。一行が泊まっていたのがフラッグスタッフだった。
記憶力というのは、記憶容量や定着力のことをいうのではなく、それをいかに容易にすばやく引き出せるか、ということなんだろう。
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