2日目のこと・5 ~めざせ、ホイリゲ! ウィーンの森をゆく~ [はじめての複数国周遊~ウィーン編~]
さて。
せっかくウィーンまで来ておきながら、コンサートに行く予定がない。
着るものがないし、だいたい金もない。
各所で毎夜、観光客向けのカジュアルなコンサートも開催されているというが、夜は夜で、時間の効率化のため夜間開館している美術館に行くつもりでいた。
しかし、生の音楽にまったく触れずにウィーンを発ってしまうというのはいかがなものか。もったいない。もったいないお化けがでちゃう。
そこでウィーン郊外の、いわゆる“ウィーンの森”に多くあるという、名物“ホイリゲ”に行ってみることにした。
ホイリゲとは、その年の新酒を飲ませるワイン酒場のことで、どの店でも“シュランメル”と呼ばれる音楽の生演奏が行われているらしい。
ワインに酔いしれ、唄い踊る客達――そんな音楽酒場に下戸の日本人がひとりで行くというのは、これまたいかがなものかと思うし、演奏の質だってプロの楽団に比べたら高が知れているけども、店の前まで行って耐えられない程の“場違い”感をおぼえれば、引き返せばいいだけの話だ。幸いにも、わたしが向かおうとしているホイリゲの集中地・グリンツィングは、ウィーン中心部からトラムで30分もかからない近郊にあるため、ただ行って引き返しただけでも大した痛手にはならない。また、グリンツィングの隣、ハイリゲンシュタットはベートーヴェンゆかりの地で、ふたつの街の間には“ベートーヴェンの並木道”と呼ばれる小道が小川に沿って延びている。ここの散歩を主目的にすれば、ホイリゲに行けずとも虚無感はおぼえまい。
16:30。国立図書館を出て、リング沿いのトラム停留所。そこはハイリゲンシュタット方面へ行くラインDが通っており、やってきたトラムの行き先表示を見ると、都合のいいことにわたしの目的地の名称そのまんま、“Beethovengang”とある。降りる場所を気にせず、寝ててもベートーヴェンの並木道まで連れていってくれるわけだ。
トラムに揺られて30分弱。たどり着いたベートーヴェンの並木道は、ありふれた郊外住宅地の景色の中にあった。しっかり整備された道は大型公園の遊歩道を思わせる。“ウィーンの森”という言葉から想像を膨らませるとちょいとがっくりくるような。少なくとも“森の小道”というには程遠い。
しかしそこは、くさってもウィーンの“森”と呼ばれる地域。昨日の雪がまだ残る真冬の並木道は極寒で、ひと通りはほとんどなく、すれ違ったのは地元民と思しき犬を連れた初老のご婦人と、子供の手をひく美人若奥様の2組だけ。
午後6時を前にしてすでにあたりは暗くなり始め、道に灯りは乏しいものの、すぐそばに住宅が立ち並んでいることを思うと、たいして不安にはならない。
いちおう、ベートーヴェンがこの道を散歩しながら、交響曲第6番(いわゆる『田園』ですね)の構想を練ったといわれているが、当時の面影がどの程度残っているのかは知る由もない。そもそもベートーヴェンがこの地に滞在したのは夏だそうで。まぁそりゃそうだ。寒さに凍えながら“田園”もクソもない。
そんなこんなで、そのベートーヴェンの胸像を拝みつつ――
――たどり着いたグリンツィングはすっかり夜の姿になっていた。
それにしてもひとが少ない。ハイリゲンシュタットからここまで、それなりの距離を歩いてきたが、数えるほどしかひととすれ違っていない。グリンツィングに近付いたら、あちこちのホイリゲから愉快な音楽や歌声が聞こえてくるものだと思っていたのだが、それもまったくない。
おかしいぞ、これは。
いぶかしみながら街をひとまわりしてみると――あいやー――ホイリゲは、ただの1軒も営業していなかった。ものの見事にひとつ残らず閉まっている。1軒だけ営業しているレストランがありはしたものの、それはただのレストランで、ホイリゲではなく、音楽は聞こえてこない。真冬の平日はこんなものなのか――
<帰国後、最新のガイドブックをみてみると、どの店も“冬季休業”とありやがる。手持ちのガイドブックの記載は営業時間だけで、営業“期間”はなかった。最新のガイドブックを持っておくべきだったと後悔するのは、はたして何度目だろう>
――なんにしろ、店が閉まってるのではどうにもならない。腹も減ってきたし、さっさと帰ろう。いざというときの予定どおり、“ウィーンの森を散歩しにきた”と思えば、もうこれは目的達成といえる。そういうことにしておく。
こんどはグリンツィング~ウィーン中心部直通のトラム38番に乗る。
襲ってくる虚無感と闘うように、明日の予定などを無理やり考えながら、トラムを乗り継ぎ、未練たらしくも国立歌劇場前。今夜はなにやら上演されるようで、ピッチリとスーツで固めた紳士やドレスアップした淑女が劇場に入っていく姿が見受けられる。翻って己のみすぼらしい姿。未練もきれいに消し飛ぼうものだ。
雨雪はなく、時間もまだ早いおかげで、昨夜とはうってかわって賑やかなケルントナー通りをふらふら北上し、シュテファン大聖堂へ。
ここまでくると、メシも音楽も、もうどうでもよくなり、近くにあったセルフサービス式のイタリアンレストランに入り、ボロネーゼとコーラで晩飯を済ませてしまった。もちろんBGMはない。
せっかくウィーンまで来ておきながら、コンサートに行く予定がない。
着るものがないし、だいたい金もない。
各所で毎夜、観光客向けのカジュアルなコンサートも開催されているというが、夜は夜で、時間の効率化のため夜間開館している美術館に行くつもりでいた。
しかし、生の音楽にまったく触れずにウィーンを発ってしまうというのはいかがなものか。もったいない。もったいないお化けがでちゃう。
そこでウィーン郊外の、いわゆる“ウィーンの森”に多くあるという、名物“ホイリゲ”に行ってみることにした。
ホイリゲとは、その年の新酒を飲ませるワイン酒場のことで、どの店でも“シュランメル”と呼ばれる音楽の生演奏が行われているらしい。
ワインに酔いしれ、唄い踊る客達――そんな音楽酒場に下戸の日本人がひとりで行くというのは、これまたいかがなものかと思うし、演奏の質だってプロの楽団に比べたら高が知れているけども、店の前まで行って耐えられない程の“場違い”感をおぼえれば、引き返せばいいだけの話だ。幸いにも、わたしが向かおうとしているホイリゲの集中地・グリンツィングは、ウィーン中心部からトラムで30分もかからない近郊にあるため、ただ行って引き返しただけでも大した痛手にはならない。また、グリンツィングの隣、ハイリゲンシュタットはベートーヴェンゆかりの地で、ふたつの街の間には“ベートーヴェンの並木道”と呼ばれる小道が小川に沿って延びている。ここの散歩を主目的にすれば、ホイリゲに行けずとも虚無感はおぼえまい。
16:30。国立図書館を出て、リング沿いのトラム停留所。そこはハイリゲンシュタット方面へ行くラインDが通っており、やってきたトラムの行き先表示を見ると、都合のいいことにわたしの目的地の名称そのまんま、“Beethovengang”とある。降りる場所を気にせず、寝ててもベートーヴェンの並木道まで連れていってくれるわけだ。
トラムに揺られて30分弱。たどり着いたベートーヴェンの並木道は、ありふれた郊外住宅地の景色の中にあった。しっかり整備された道は大型公園の遊歩道を思わせる。“ウィーンの森”という言葉から想像を膨らませるとちょいとがっくりくるような。少なくとも“森の小道”というには程遠い。
しかしそこは、くさってもウィーンの“森”と呼ばれる地域。昨日の雪がまだ残る真冬の並木道は極寒で、ひと通りはほとんどなく、すれ違ったのは地元民と思しき犬を連れた初老のご婦人と、子供の手をひく美人若奥様の2組だけ。
午後6時を前にしてすでにあたりは暗くなり始め、道に灯りは乏しいものの、すぐそばに住宅が立ち並んでいることを思うと、たいして不安にはならない。
いちおう、ベートーヴェンがこの道を散歩しながら、交響曲第6番(いわゆる『田園』ですね)の構想を練ったといわれているが、当時の面影がどの程度残っているのかは知る由もない。そもそもベートーヴェンがこの地に滞在したのは夏だそうで。まぁそりゃそうだ。寒さに凍えながら“田園”もクソもない。
そんなこんなで、そのベートーヴェンの胸像を拝みつつ――
――たどり着いたグリンツィングはすっかり夜の姿になっていた。
それにしてもひとが少ない。ハイリゲンシュタットからここまで、それなりの距離を歩いてきたが、数えるほどしかひととすれ違っていない。グリンツィングに近付いたら、あちこちのホイリゲから愉快な音楽や歌声が聞こえてくるものだと思っていたのだが、それもまったくない。
おかしいぞ、これは。
いぶかしみながら街をひとまわりしてみると――あいやー――ホイリゲは、ただの1軒も営業していなかった。ものの見事にひとつ残らず閉まっている。1軒だけ営業しているレストランがありはしたものの、それはただのレストランで、ホイリゲではなく、音楽は聞こえてこない。真冬の平日はこんなものなのか――
<帰国後、最新のガイドブックをみてみると、どの店も“冬季休業”とありやがる。手持ちのガイドブックの記載は営業時間だけで、営業“期間”はなかった。最新のガイドブックを持っておくべきだったと後悔するのは、はたして何度目だろう>
――なんにしろ、店が閉まってるのではどうにもならない。腹も減ってきたし、さっさと帰ろう。いざというときの予定どおり、“ウィーンの森を散歩しにきた”と思えば、もうこれは目的達成といえる。そういうことにしておく。
こんどはグリンツィング~ウィーン中心部直通のトラム38番に乗る。
襲ってくる虚無感と闘うように、明日の予定などを無理やり考えながら、トラムを乗り継ぎ、未練たらしくも国立歌劇場前。今夜はなにやら上演されるようで、ピッチリとスーツで固めた紳士やドレスアップした淑女が劇場に入っていく姿が見受けられる。翻って己のみすぼらしい姿。未練もきれいに消し飛ぼうものだ。
雨雪はなく、時間もまだ早いおかげで、昨夜とはうってかわって賑やかなケルントナー通りをふらふら北上し、シュテファン大聖堂へ。
ここまでくると、メシも音楽も、もうどうでもよくなり、近くにあったセルフサービス式のイタリアンレストランに入り、ボロネーゼとコーラで晩飯を済ませてしまった。もちろんBGMはない。
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